DH2012 keynote address のバックアップソース(No.4) - 次世代人文学開発センター 萌芽部門 データベース拠点・大蔵経DB
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※以下の論考は、2012年7月16-22日にハンブルク大学にて開催された[[Digital Humanities 2012国際会議>http://www.dh2012.uni-hamburg.de/]]における下田正弘教授による 基調講演の内容を日本語訳したものです。(原文は[[こちら>http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/CEH/index.php?English%20DH2012%20Keynote]])

*人文情報学を遠望する [#zde0359c]
(日本語訳:八尾 史 日本学術振興会特別研究員)

**序:多様性の相違 [#m2784517]

***プロローグ:人文情報学の多様性と変化 [#c3600e66]

この貴重な機会を与えられたことは、わたくしにとってまことに光栄であり、きわめてよろこばしいことです。それも人文情報学における最先端の発表がうちつづいたすばらしい一週間の、最後に設けられた場であってみればなおのことです。この会議の成功に心からの祝辞をおおくりし、また主催者のヤン=クリストフ・マイスター教授とカトリーン・シェーネルト博士、企画委員長のポール・スペンス博士、そしてADHO会長のレイ・シーメンズ教授に格別のお礼を申しあげます。

この会議の数々の注目すべき点のなかでわたくしがもっとも注意をひかれたのは、学問分野、方法、そして文化や言語といった主題、という点から諸発表をみた場合の、きわだった多様性です。そしてこれはまさにDH2012のテーマ(訳注:Digital Diversity: Cultures, languages and methods)がさししめすものです。わたくしの知る範囲(きわめてかぎられてはおりますが)では、ほとんどあらゆる人文学の研究を包摂する広がりという点で、DH2012に比較しうる会議はこれまで一度もありませんでした。

そのうえ人文情報学が、自然科学者たちとのこれまでにない共同作業に携わるためのフォーマットをつくることで、人文学における研究の質をますます高めつつあること、同時にさまざまな情報技術を利用することで領域を拡大しつつあることが目を引きます。人文情報学が大学の標準的カリキュラムの中で、人文学の学部・学科の新入生に要求される一般教養課程のひとつにかぞえられる日はじきに来るであろうと思います。わたくしたちはその近い未来に備えておいたほうがよいでしょう。

***この講演の扱う範囲:人文学から人文情報学への円滑な連続 [#mc16d03f]

この会議で幅広い話題が扱われているのとは反対に、わたくしの講演では焦点をテクスト研究の分野に絞りたいと思います。それには東洋の人文学の観点から問題に光をあてることで、人文情報学と人文学との関係をあきらかにしたいという事情があります。

わたくしがこの主題をとりあげる理由はごく単純です。ここにいるわたくしたちはみな、人文学と人文情報学は共通の目的をもっており、それは文化遺産を適切に伝達することである、ということに賛成するでしょう。文化的情報の伝達は、理想的には、ことなる世代もしくはことなる文化のあいだで、とどこおりなく連続するものでしょう。その目標のためには、それぞれの文化もしくは世代と他との関係をあきらかにしておくべきです。これは人文学と人文情報学のあいだにもあてはまるでしょう。

しかし、これら二つの学問のあいだには亀裂があり、それは人文情報学が発展するにしたがって広がりつつあります。人文情報学の見通しは、これら二つの領域のあいだにある不透明な関係の壁にかくれて、曖昧なままになっています。この困難な状況を考慮にいれたうえで、人文学の長い歴史にわたる人文情報学の遠望を述べたいと思います。

わたくしたち人文情報学者がかかえている問題はすべてさしせまったものであり、わたくしたちが必要とするのはその問題にとりくむことができるような目前の、明瞭な視野である、ということはたしかです。しかし同時に、人文情報学のくわだては、人文学がこれまでやってきたことの全体にひとしいとみなされてもいいほど深いものです。人文情報学を議論するときには、一方は当面の対応と顕微鏡的な精密性を、他方は長期にわたる応答と望遠鏡的な観点を要する、問題の二つの次元のあいだでバランスをとることがかかせません。

***行為者志向の視点から行為志向の視点へ [#c2611ea8]

この問題についてのわたくしの結論は、くりかえしになりますが、ごく単純です。わたくしのみるところでは、人文学と人文情報学それぞれの歴史はとぎれることのない連続を、人文学のある部分が人文情報学にとってかわられ、しかも時がたつとともにますますそうなっていくような連続を、なしています。この見方についてはなにも新しいことはありません。

しかしこの見解には、一見してみえるよりももっと重要な意味あいがあり、それはもっと一般的な形式で、次のようにいいかえられたときにあきらかになります。

>「文化は、どのようにして、そのうちのきわめて重要と思われるものを、衰退期にあるその文化から勃興期にある他の文化へと伝達すればよいのか」

これは高名な歴史学者ロミラ・ターパルによって、歴史学者たちへの挑戦としてつきつけられた問いです。その形式は次の二つの観点からみて、媒体の変容の時期に人文学との関係において人文情報学のもつ意義を議論するさい、うまく機能します。

一方の観点というのはできごとの起こる時代のスケールです。非デジタルからデジタルへという媒体の変容は疑いなく千年紀単位で計られるスケールであり、それは文化の伝達の所要時間内で扱われるにあたいします。

もう一方の観点は問いの意味論的構造のそれです。その問いには文化の変容という行為の「人格的行為者」がありません。歴史の言説では通常、「誰」という語が一番の要素として求められます。しかしこの問題では、主語は「文化」――活動の集合体――であり、人格的行為者はおりません。この言説は、実は「文化の自己同一性の変容」にかかわります。

自己同一性の変容という話題は、行為者志向から行為志向への視点の移行とともにこの講演の鍵となることがらで、発表の最後の部分で扱うことになります。

**人文情報学の求心的多様性 [#l45e0bce]

***人文学における二種の多様性:対象と方法 [#m98ff948]

では、人文情報学の遠望を得るための必須条件のひとつとして、まず人文学と人文情報学のあいだにみられることなった性質の多様性に注意をむけていただきたいと思います。
まず第一に、人文学は全体として多様な領域であり、学際的研究の急増とともになおのことそうなってきています。しかしこの多様性は人文情報学のそれとはきわめてことなり、この相違は人文情報学特有の使命の理解におおいにかかわってきます。

はじめに人文学の多様性の性質に注意をはらいましょう。人文学はおおまかにいって二種類の多様性をもちます。一方は「研究の対象」にかかわり、他方は「研究の方法」に関係します。

「研究の対象」にかかわる第一の種類の多様性は、人類の言語と文化の相違に起因するものです。地球上には何千ものことなった言語があります。ある文化がある社会の採用する言語の構造と機能とに本質的に結びついて形成されることを考慮すると、理論上は言語の数と同じだけのことなった文化があることになるでしょう。人文学が、それぞれの文化のなかにあらわされたものとしての、人類の活動の全音域を記述するという使命をもつことを考えれば、それは必然的に多様なものとなるでしょう。

***方法の多様性:人文学における三つのアプローチ [#cb1ee080]

人文学はもうひとつの種類の多様性をもちます。これは人間の活動を理解するために採用される方法の相違からくるものです。この相違は、わたくしの分析では、次の三つのアプローチに分類できます。

ひとつのアプローチは、記録された言説と外部の事件あるいは事実との間の関係を、原因と結果の年代順の連続という準拠枠のなかで再構成することです。この方法は「歴史」とよばれ、人文学においてもっとも支配的な方法です。

もうひとつのアプローチは、テクストの言語の外部にあるものとして、絶対的な年代順の枠組の意義を相対化することによって、テクストの言語の構造と機能に光をあてることです。この方法は「哲学」あるいは「文学」の分野において示されています。

他のアプローチは、これら二つと比べて言語の機能から距離をおき、かわりに言語テクストの外側にある人間の行動にもっとも重点をおくものです。これは社会学や心理学といった「行動科学」に典型的にみられます。

これらの人文学の方法の相違は、存在、意識、言語という科学の認識空間を構成する三つの軸のあいだの、ことなる距離からきています。これらの方法の多様性は、さきに述べた研究の対象の多様性にあてはめたとき、人文学全体のなかに莫大な多様性を生みだします。

***さらなる拡散への統合の努力 [#jc4bcb54]

ここでわたくしたちは人文学の多様性のもうひとつの起源に注目すべきなのですが、それは逆説的にも、現にある多様性をのりこえようとする努力からきています。
ある研究領域の多様性が飽和点に達すると、関連する領域に、その関連領域に存在する対象と方法のすきまを横断することによって、それまで分散していた研究事業を統合しようとする努力があらわれます。

しかしこの統合の努力は、時間がたつとともに、人文学の全体に新しい多様性を加えるという運命にあります。相違を修正するこころみは結局のところ、さらなる多様性への刺激となるのです。

このように、歴史の流れのなかで人文学が展開するとは、概してたがいに独立したさまざまな学問へ研究が遠心的に拡散することです。この発展には、学者相互の意思疎通をさまたげ、かれらを自身の選んだそれぞれの学問の分野に閉じこめる傾向があります。

***「忠実性」としての人文情報学の二種の多様性 [#o53d0f15]

その一方で、人文情報学の領域にみられる多様性ははなはだことなっています。人文情報学では、その起源という点からみて二種類の多様性があります。ひとつはさきに触れた人文学の研究の多様性からくるもので、もうひとつは技術のたえまない革新によってひきおこされるものです。どちらの場合でも、多様化は人文情報学そのものによって生みだされるものではありません。ここには人文学とのはっきりした対照をみることができます。

人文情報学がしていることは、原則的に、人文学によってもたらされた多様性を再現する誠実なこころみでもあり、技術革新によってひきおこされた多様性との正面対決でもあります。この両方の選択肢が、人文情報学の外部でおこっていることがらへの誠実な応答なのです。この「忠実性」は、人文情報学の性質を定義するもっとも独特かつ明白な特徴のひとつです。

***人文学の共有言語としての人文情報学 [#va9ae8c5]

第一の、人文学の多様性に由来する人文情報学の多様性をすこし詳しく検討してみましょう。

人文情報学の使命のひとつはTEIの事業に代表されるように、人文学の歴史のなかでとられた研究手順は極力無傷のまま、デジタル媒体の新しい文脈で、伝達されたテクストを関連研究と結びつけて表現するこころみにあります。

これは、古写本や本のなかに、暗示的なかたち、あるいは明示的なかたちで蓄積されて
いるこれまでに発展した多様性を、デジタル媒体の領域に統合するくわだてです。この意味で人文情報学は、遠心的拡散を示す人文学とはことなって、求心的な発展を示しながら人文学の多様化を抑制する方向へ進んでいます。

人文情報学のこの求心的傾向は、ことなる学問のあいだにメタ言語レベルで共通のルールを置くことによって、一見両立しない提示のシステムをデジタル媒体という単独の文脈のなかに調和的に共存させるように、十分な慎重性をもって提出されてきました。

ある研究領域での言語共有の問題は、数字と記号によって研究をおこなう自然科学ではずっと前から解決されていました。デジタル媒体の出現にさいして、このテーマは人文学という、さまざまな「自然言語」にもとづいておこなわれる形式の研究の領域で、緊急に必要なものとなってきました。この意味で人文情報学は、自然科学に共有言語を提供してきた「数学」と同じ役割をもつものとみなされてよいかもしれません。

***技術革新における人文情報学の多様性 [#daf3a850]

こんどは人文情報学の第二の多様性、つまり技術革新によって生みだされる多様性に目を向けてみましょう。

人文情報学はデジタル媒体という、人文学者たちにとってこれまでにない作業環境にもとづいています。この媒体は途方もない速度で変容してきましたし、これからも変容しつづけるでしょう。これは人文情報学が比較的短い時間のあいだに多様化することを、不可避的に要求するでしょう。

しかしこの多様性は、自分たちの何者たるかが不変であると信ずる伝統的な人文学者たちの住むもうひとつの大陸から見た場合、「人文情報学者」たちによってその勝手な意図をおしすすめるためにもたらされた無秩序状態のように見えるかもしれません。

実際のところは、これとまったく逆であると思います。人文情報学は、デジタル媒体の広大な海のなかでくりかえし打ちつける技術革新の波に人文学者が溺れてしまわないように適切な航法を提供することによって、人文学の研究を持続可能なものにしていくという活発な努力をしてきました。

実に、技術のやむことのない変容のさなかにおける持続可能性は、人文情報学者たちがつねに担わされているもっとも重大な責務のひとつです。コンピュータ技術のやむことのない革新に正面から向き合い、動ずることなく備えるという人文情報学者たちの努力がなければ、これまで伝達されてきた人文学の知識のうちのかなりの量が、滅びるか単に消えうせるかすることになるでしょう。

**世界史における近代人文学 [#y7ad44a4]

***近代人文学の出現 [#gfa660c0]

それでは人文情報学の遠望の背景となる問題のなかの次の話題、つまり人文学の歴史に移ります。

哲学史に代表される人文学の歴史はこれまで、おもに古代ギリシアからはじまって現代におわる西洋の言説の範囲内で記録されてきました。この視点に多くの利点があるのはたしかです。「人文学」の観念、およびそれに関連する、人文学のなかの活動の総体を説明する諸概念は、洞察に富んだありあまる議論を生みだしながら、西洋で発展してきたのですから。この要素はこれからも人文学の議論の枠組をなしつづけるでしょう。

しかし、未来志向の性質に関して人文情報学の可能性を探求するためには、人文学を東洋にみつけだそうとしてきた近代の人文学の歴史に焦点をあわせるために、わたくしたち自身をしばらくこの枠組から解放するほうがよいのです。

ルネサンス時代のヨーロッパ人が自分たちの文化的起源を古代ギリシアにみいだしたように、18世紀後半から19世紀はじめのヨーロッパはその遠いルーツをインド・イラン語派の言語のひとつ、すなわちサンスクリット語の存在において発見しました。

この古代言語の発見と東洋の認識とは、人文学の遠近法を地球規模へとラディカルにおしひろげ、東洋の人文学的知識を西洋の人文学の伝統へとますます吸収しながら、近代の人文学の出現における先導役をつとめました。ここで、この新しく起こってきた人文学の型を「近代人文学」とよびたいと思います。

***近代人文学とオリエンタリズム [#df2c2168]

東洋の人文学研究のグローバリゼーションが多かれ少なかれ東洋の伝統的知識の西洋化であったことを考慮すれば、このテーマは植民地主義あるいはナショナリズム、行きつくところオリエンタリズムの視点から、扱われうるでしょう。しかし、後で触れるように、人文情報学の性質はおそらくオリエンタリズムの過ちをこうむっていません。

人文学のグローバリゼーションの意義は、歴史のはじまり以来分かれていた東洋と西洋とに、はじめて共通の舞台が用意されたという事実にあります。その舞台を用意したのが西洋であったという事実には、過度の注意をはらうべきではないでしょう。

東洋と西洋のあいだの出会いにおいて何がおこったかをできるだけ建設的なかたちで理解するために、わたくしたちは「誰が誰に備えた」といった問いの行為者志向の言い回しから脱し、これを「何がどのような状況でおこった」といった行為志向の言い回しにおきかえたほうがよいのです。あの歴史家によって呈示された問いによってまさに示されているように。

***人文学の真理に対する態度 [#jcde9fdb]

そのようにすれば、東洋を発見した近代の人文学との有益な親近性を示す、ずっと大事な要因が視界に入ってくるでしょう。これは「真理の発見に対する」人文学者の固有の性向にかかわるものです。

宗教にみられる真理観に代表されるように、真理はあらたにつくりだされるものではなく、過去に一度発見されたもの、そして現在まで伝達されてきた知識の遺産のどこかに隠されていたものであると考える傾向が、人文学者にはあります。

したがって人文学の使命は、ある形式の知識のなかに埋めこまれている真理を再発見すること、そしてそれを現在の文脈で、適切なかたちで明かすことです。したがって、人文学の富は過去から伝えられた知識の総量の広さと深さとに依存します。

近代人文学の共通の舞台が設けられたとき、インドや中国といった区域での東洋の文化が古代ギリシアのそれよりも、はるかに大量にかつずっと早い時代から存在していたという新発見の認識が、人文学の方向性を変化させはじめながら学問的関心をひきつけるようになったのはもっともなことです。

これは、研究は次から次へと新しい発見をすることにあると思われている自然科学とは対照的です。(ここで真実と現実の区別、おそらくは自然科学の成果からきている区別についてはあえて深入りしないでおきます。)実は、これは人文情報学になにがしか関係します。人文情報学はデジタル媒体という自然科学の産物を利用するわけですから。この講演の最後にはこの点に帰ってくることにしましょう。

***広大な認識空間の確立 [#sbd12abe]

ここで、西洋のサンスクリット語発見にはじまる人文学のグローバリゼーションに本来的にそなわっている、もうひとつの重大な特徴に言及しなければなりません。

ヨーロッパ文化の基礎をギリシア時代にみとめたルネサンス期の心証と、ヨーロッパの起源をインド・イラン語派の言語に想定した近代人文学の心証とのあいだにあるもっとも明白な相違は、認識空間の広大性と抽象性です。

ルネサンスの学者たちの努力は一種、かれらの起源から失われた知識をかれらの生きた経験の空間で復旧することでしたが、近代における発見はかれら(訳注:近代の学者たち)の当面の生きた経験とは無縁の世界に起源を立てようとする、純粋に観念的な冒険でした。

ヨーロッパの起源をインド・イラン語派の言語の古い形に求めることは、ながらく伝統的な人文学に本来的であった生きた経験からはへだたった、観念的な認識の空間を確立することを可能にしました。この自覚は、ことなる歴史や言語や文化を比較してもっと深い理解を得るための、それまでよりもはるかに広い文脈をもたらしました。

**東洋の発見 [#gd49cb22]

***インド学と仏教研究 [#xc990417]

19世紀に、東洋で蓄積された伝統的な知識の山がヨーロッパ知識人の視界にはいってきました。興味深いことには、近代人文学の新しい舞台を形成するのに指導力を発揮したのはインド学でしたが、インド学によって準備された近代人文学の舞台に移動させられたのは仏教でした。

インド学と仏教学という姉妹関係にある二つの学問は、西洋と東洋それぞれの側から「近代人文学」との関連を考察するための見本となりえます。

19世紀ヨーロッパで宗教研究を生みだし言語学を促進したインド学は、西洋における近代人文学の誕生を代表するものでした。ヨーロッパの知識人にとってインド学は、研究の対象がヨーロッパ‐キリスト教世界の外側にあるという点で、それ以前の時代の人文学とはたしかにことなっていましたが、それは同時にサンスクリット語とギリシア語、ラテン語の言語学的親近性という点で、他のどの研究領域よりもヨーロッパの人文学に近似していました。

ここにもうひとつの思いもかけぬ幸運がやってきました。すなわち西洋によって、仏教という古代インドに起源をもつ主要な世界宗教のひとつが「発見」されたのです。この発見に乗じてインド学はシナ学、チベット学、日本学等々をも巻きこみながら、その対象範囲を仏教にひろげました。

一方で、南アジア、東南アジア、チベット、東アジアという別々の文化的地域的範囲によって区切られたまま存在してきた仏教は、近代人文学の同じ舞台に立つべき新しい知識の形態へと統合されはじめました。発展過程をつうじて遠心的に拡散してきた仏教のさまざまな伝統が、ここでは再結合されたのです。

***近代人文学における仏教聖典の出現 [#a9dd4ee8]

当然想像されるように、近代人文学による仏教のさまざまな系統の再結合が成功裡になしとげられたのは、テクストのレベルにおいてです。

伝統的な仏教が本という媒体へと変容することは、近代人文学にあらたに出現した認識空間のなかで仏教研究を創始するための必要条件でした。活版印刷で作られた本の普及は、19ないし20世紀に東洋と西洋の両方でこの新しい認識空間を確立し流布させるにあたって、枢要な意義をもちました。

ある特定の認識の状態がたえず持続するには、技術と媒体が認識を外在化させる必要があります。新しく作りだされた認識は、適切な媒体を通じて提供されるならば、そしてそのような場合にのみ、現実のなかに外在化されることができます。特にサンスクリット語の一種の方言であるパーリ語で書かれ、完全な聖典として保存されていた仏教経典の全集の出版は、ヨーロッパの学者たちの第一の関心事となりました。

パーリ文献協会は1881年にロンドンで設立され、そしてパーリ語テクストの全集がタイ、ビルマ、スリランカ、カンボジアの伝承をまとめあげながら、聖書批判にもちいられる文献学のきびしい編集方針にもとづいて、出版されはじめました。

実に、完全な全集としての宗教教典の出版は、重要性において宗教全体の出現にひとしいのです。このパーリ集成の出版は東アジアの仏教国、特に学問組織の近代化という点においてアジアで指導的地位を獲得していた国である日本にとって、驚愕すべき成果でした。

***東洋からの応答:大正新脩大蔵経 [#z0d95d46]

しかし実は、パーリ聖典のそれよりもはるかに数量が大きく、もっと古く多様な内容を含んだ仏教聖典が、漢訳という形で存在しているのです。この状況への応答として、西洋からはまったく見えていなかった仏教世界を明かすことが、日本の学者たちにとって緊急の課題となりました。

その目的のためには、木版の冊子本あるいは手写本の形で保存されている漢語の仏教聖典を、容易に流通可能な近代的な本の形に変えることが不可欠でした。しかし、27000種以上の漢字からなる仏教聖典を、金属活字を用いて印刷本に作るのは途方もない規模のくわだてでした。ながいこと26かそれくらいの文字でできた本を作ってきた西洋人には、おそらく想像もできないものだったでしょう。

この責務を担って大正新脩大蔵経という名のもとに完成へとみちびいたのは、東京帝国大学梵語学講座の初代教授、高楠順次郎でした。この全集は85巻、7百万行、1億字からなっています。

当時、この種の企業家的努力は今日におとらず厳しいものでした。高楠はこの聖典の出版と流通のためだけの出版社を設立するところから始める必要がありました。とりわけ1923年、その時点までに完成していた組版と原稿を潰滅させた東京大震災という苛酷な障碍をのりこえなければなりませんでした。しかしついに東の仏教世界が西洋の目に見えるもの、利用できるものになり、この批判的に肯定された大全集は、東洋と西洋の間の境界を越えて仏教学者たちの研究の共通基盤となってきています。

**デジタル化の重要性 [#ke8817fb]

***東洋の本の寿命 [#r924ab5d]

ここでやっと佳境にはいってきました。SATとよばれる日本のプロジェクトが台湾、韓国、中国のプロジェクトや会社と協同してデジタル化をはじめたとき、この聖典が活版印刷の形に変容させられてから60年しかたっていませんでした。これは驚くべき短期間です。
日本では、仏教の経典は19世紀末にいたるまで1400年以上にわたり、手写か木版による冊子本の形で存在し、高い読み書き水準の基礎となってきました。15世紀のグーテンベルク聖書の出現に劇的な衝撃をうけた西洋と比べて、日本で活版印刷の本が知的市場を独占した期間は驚くほど短かったのです。

東アジアの他の国々については、それらは日本より遅れて新しい型の出版と流通に移行したといえば足ります。東アジアでは、印刷技術は何万もの複雑な漢字の活字を使いこなすことを必要とし、高度な熟練した働き手を要求します。この事態は大量生産に資するものではありません。したがってこの技術が、課題をもっと容易かつ安価にこなすことのできる新しい技術の出現にあっさりと道を譲ったのは当然のことです。

***仏教の西洋との出会いと、人文情報学の可能性 [#g18a0626]

すでに述べたように、近代人文学の出現の主たる重要性は、なによりも東洋と西洋の知識と文化を整理統合する新しいプラットフォームの確立にかかわっています。実はこれは、人文情報学が前途有望な可能性をもっていることを示唆するものです。

伝達された知識の保存、提示、交換といった人文学のほとんどすべての側面において、おそらく精読ということを唯一の例外として、デジタル形式は印刷された本の可能性を凌駕するものと思われます。デジタル媒体が、人文情報学にその指導的役割を要請しつつ、印刷技術を引き継ぐという見こみがいよいよ強くなっていることを否定する人はいないでしょう。

***東洋における(仏教研究における)人文情報学の深刻な必要性 [#yfbe1d56]

実は仏教学に関するかぎり、人文情報学はいまや疑いなく切実に必要とされているのです。2500年の仏教の歴史は、伝達された知識を技術的進歩のなかに再配置する過程として見ることができます。話し言葉から書き言葉への、写本から木版への、木版から活版印刷への、活版印刷からデジタルテクストへの推移のように、技術の発展あるいは媒体の変容がおこるときはいつでも、仏教の学僧たちや近代の学者たちは伝達された知識の全体像を回復するために立ちどまりました。過去へとさかのぼり、そこに隠されたものを発見し、未来へと持っていくべきすべての発見物を統合しながらです。

その結果、仏教の知識の内容はますます豊かに、複雑になってきています。特に仏教は、単独の実体が新しく現れてきた別の単独の実体にとってかわられ、そのようにして単独の伝達系統を形づくるという、権威の直線的伝達を示すことがめったにありません。対照的に、仏教はことなる系統の共存を許すのであり、それらは結合された場合、さまざまな同時代的実体からなる伝承の平面(直線ではなく)を形づくるでしょう。加えて、仏教はアジア地域の広い範囲のさまざまな文化のなかでゆたかに現実化し、さまざまな言語に記録されてきました。

さらに、19世紀後半における近代人文学の導入以来、仏教研究はそれまでよりもはるかに多量の研究を生みだしつつ、これまでにないスケールの発展を示してきました。

これらすべては、仏教全体からの分枝ですから、仏教を理解するのになくてはならないものです。この広大な知識のネットワークを適切に理解するには、俯瞰的視点を獲得することが欠かせません。あきらかにわたくしたちはいま、新しい媒体の技術と新しい形態の人文学すなわち人文情報学の助けなくしては、いかなる適切な求心的統合も得られない地点にたどりついているのです。

**人文情報学の使命 [#zc1227f9]

***境界線の消滅と自己同一性の変容 [#lfd9002d]

この講演の最後の話題として、人文学へのデジタル媒体の導入とともに人文情報学が光をあてている特有の側面についてお話ししたいと思います。それは「自己同一性の変容」という主題であります。

テクスト研究に関するかぎり、この主題は次の二つの特徴に絞りこむことができます。第一にテクストの境界線の消滅、第二にデジタル次元の出現の人文学に対する挑戦です。
第一に、テクストの境界線の消滅という点で、仏教経典特有の性質に対処する用意ができているのが人文情報学である、というのは誇張ではありません。

古代インドの仏教経典は、近代のテクストの概念にうまく分類できない独特の特徴を示しています。それぞれの経典は通常いくつかのことなる題名をもち、同じ題名が少なからぬ場合にまったく別のテクストにあてられます。とりわけ、経典は発展過程でその自己同一性を変容させてきています。

題名によってテクストを同定することの困難は、著者性についてもあてはまります。スートラとよばれる経典は、時代を越え千年以上にもわたって生みだされ、巨大な量に達しているのですが、すべてブッダに帰せられています。これは実際には、経典の著者たちが意識的に匿名にされていることを意味します。

経典についての注釈書は著者の名をあかしますが、その多くは伝説的な人物か、神話的な人物でさえあり、そのなかのある者たちは数百年以上にわたって生きていたといわれているのです。帰属させられた著者性を、テクストの同定という作業の役にはたたないものにしてしまう状況です。

加えて、経典とその注釈書のあいだの境界線はしばしばごく曖昧です。ある系統でのある経典の一部が、別の系統では注釈書のなかにみつかるのです。さらに、経典の大きさは1KBと1MBといった驚くべきスケールでことなります。

したがって、題名、著者、ジャンル、範囲といった伝統的な範疇――テクストを同定するための必須の手段――は、有効ではありません。もし、固定した自己同一性を示す明確な区分をそなえたテクストという著者志向の観念に固執すれば、仏教研究の重要な部分が失敗の運命をみることになるでしょう。
人文情報学は、全集のなかのテクストの境界を越え、それらを柔軟なかたちでハイパーテクスト的にリンクさせることでテクストの既成概念を変容させるという特徴によって、仏教経典の分析という課題にきわめて貴重な利益をもたらしはじめています。

***人文学から独立したものとしてのデジタル次元の登場 [#j695b900]

自己同一性の変容の第二の特徴に移りましょう。この講演の最後の話題です。

デジタル媒体の出現は、人文学から独立した、そして人文学に知られていない新しい次元の出現であり、そこでは情報科学が主導します。前世紀の末まで、人文学者たちは学者とその研究対象とのあいだの二者関係のなかで、活動の自治を享受してきました。これは印刷技術という媒体を飼いならす、五百年以上の長きにわたる努力がみのった結果として可能になったのでした。しかし現在ではこの安定した関係にデジタル次元が介入し、学者、研究対象、独立した媒体の新しい三者関係の領域に移住することを人文学者に強いています。

この変化によって人文学者たちにもたらされている厄介な問題のひとつは、自然科学者と人文学者のあいだの真理観の対立です。すでに言及したように、自然科学者は一貫した新発見を獲得することによって科学の持続的な進歩を確証しますが、人文学者は自分たちの発見を過去の知識の一種の解釈とみなします。自然科学者によって、自然科学者の支配下で生みだされたデジタル媒体の次元は、当然ながら自然科学の真理観のほうに親近性を示し、人文学者を当惑させます。

自然科学の真理観は、自然科学者たちが17世紀前後から自然の存在を自然言語とそれにかかわる意識とから独立した領域とし、自然の存在を人文学的な存在の世界から分離することに成功したときに、現実化されはじめました。この真理観は、これら二種の存在のあいだの距離が広がるにつれて、ますます強化されてきています。

しかし、文化の逐次的な伝達を実現するためには、自然言語とそれにかかわる意識という軸を回復することによってデジタル媒体の次元を「再人間化」することがかかせません。この目的にむけて、人文情報学者はどのような態度をとるべきなのでしょうか。

***人文情報学と人類の文化の自己同一性の変容 [#qa866ac5]

この問いに答えるために、ロミラ・ターパルによって提起された問いに戻りたいと思います。「文化は、どのようにして、そのうちのきわめて重要と思われるものを、衰退期にあるその文化から勃興期にある他の文化へと伝達すればよいのか」。

近代人文学が自らのきわめて重要だと思う研究の方法を人文情報学へと伝達するならば、これはそれぞれの型の学がその安定した定義を保ったままの、近代人文学から人文情報学への推移です。しかしこの二つの学を包摂するもっと大きな観点で見れば、これは大きなスケールでの人文学の自己同一性の変容とみなされてよいでしょう。行為志向の観点から、現象のことなる次元のあいだで起こっている弁証法的な運動をもつものとして現象を把握しえたとき、この洞察は、文化の変容を遂行するにあたって効果的にはたらくでしょう。一方でオリエンタリズムによる文化的相違の扱いにみられるような、それ自身の安定した特性からなる不変の自己同一性という観念にもとづく人格的行為者志向の思想は、この広げられた観点のなかでいかようにも機能しえないでしょう。

自然科学が人格的行為者を研究の領域から消滅させることにあずかって力があったのはたしかですが、それはこのことを一方的に、研究領域の遠心的な発展のなかで、人類の自然言語とそれにかかわる意識との重要性を犠牲にしながらおこなってきたのです。自然科学の領域で人文学的なことがらを扱うことは、したがって、今では考慮されることさえありません。

しかしデジタル次元の出現は、人文学の言語と自然科学のそれとが人間の文化を保存し伝達するという同じひとつのくわだてを遂行しようとして出会う、共通のプラットフォームとしてはたらくでしょう。求心的で行為志向の性質をもった人文情報学はいま、人類の文化の自己同一性の変容を適切に理解するために、記念碑的な計画を練りつづけるというこれまでにない使命をゆだねられているのです。