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日本撰述部底本データベース公開の挨拶

日本仏教を思想的にまたは教理的に研究しようとする際には、当然のことながら対象となるテキストの原典資料を入手する必要があります。ところが、その原典資料は著述した本人の手になるものからそれを複写した写本までと多岐にわたり、一つのテキストであっても参照しなければならない資料が数多くにのぼりますことは言うまでもありません。 文章を作成する際には、現代でも作者は言葉を選び推敲を重ねて完成させていくものと思いますが、それは古代でも同じでした。作者が著述して、しばしば推敲しながら長い時間を掛けて文章を完成させていきました。ある程度文章ができあがっても、一生涯を掛けて何度も手直しを加えて完成させる場合もありました。たとえば、その典型的なものに鎌倉時代の祖師の著述、『教行信証』や『立正安国論』を挙げることができます。

できあがったテキストにしても、それが伝持されていく過程で、多くの人々に書写されることになるのですが、その際に文字の異同が発生することがたびたび生じました。祖師の著述にしても、弟子たちが書写して残そうとした場合に、できるだけ正確に書写しようとするのが常であったろうと、現代の私たちは考えてしまいますが、どうもそのような価値観とは異なる、もう一つ別の価値観も存在したことも明らかにされています。その内容の正確な理解を第一義と考え、多少の文字の変更を許容することがあったようです。時には時代の要請とでも言うのでしょうか、大幅な変更がなされる場合も存在しました。

このようなことを考えますと、あるテキストの存在しうる限りの写本を集めることは、とても重要な研究上の手続きになります。ところが、このような作業が意外にやっかいであり、大変でした。経験したことのある人ならば、誰でもすぐに想像できますが、まず所在情報を得ることが大変でした。たとえば、よく参照される『国書総目録』は目録を集めて編纂された典籍であり大変に便利なのですが、時には掲載されていても、実際には行方不明で存在しないという場合があり、注意が必要でした。

このような状況の中で、今回の底本データベースは、実際に現存しているものという観点で選び出したものばかりです。しかも、書写年、刊行年など、研究に必要な情報が十分に挙げられています。その一覧を見ただけで、そのテキストの伝来情報が得られます。しかも所蔵者である機関名も挙げられていますので、仮に一つの機関にしか所蔵されていないテキストであるとすれば、それがどれほどの価値を持っているものなのか、一目瞭然でわかります。寺院にとっても、その資料の価値を推測する重要な材料になるのではと思います。

この作業に理解を賜り、経済的な支援をくださった公益財団法人全日本仏教会に心より御礼申し上げます。また地道な作業に従事された若手の研究者の方々、さらには貴重な資料を現代に伝えてくださった寺院等の諸機関の方々に御礼を申し上げます。また、この種のデータベース資源が充実していくことを願い、公開の挨拶とさせていただきます。

担当責任者 東京大学大学院教授 蓑輪顕量


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