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*Digital Scholarly Editions: Manuscripts, Texts, and TEI Encoding参加報告 [#xd3dafeb]

** 小川 潤(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程) [#c17233d9]

 2019年4月1日から5日にかけてイタリア北部・ストレーザで開催されたスプリングスクールDigital Scholarly Editions: Manuscripts, Texts, and TEI Encodingに参加する機会を得た。このスプリングスクールはフランス国立科学研究センター(CNRS)のMarjolie Burghart氏、人文情報学研究所の永崎研宣氏らがフランスの財団から助成を受けて実現したもので、TEI (Text Encoding Initiative)を中心とするデジタルテクスト校訂の基礎を学ぶことを目的とする。主な対象は欧州の若手中世史研究者であり、約30名の参加者の国籍はイギリス、ドイツ、オーストリア、チェコ、ハンガリーと多様であったが、全体的には中東欧出身の学生が多かったように思う。日本からは、当拠点で学んだ修士課程、博士課程の学生4名(渡邉要一郎・村田祐菜・塚越柚季・小川潤)が参加した。

 参加者は事前に、DARIAH(欧州人文学デジタル研究基盤)が提供するオンライン講座であるMOOC(https://teach.dariah.eu/course/view.php?id=32)を用いての予習を課され、TEIマークアップの基礎は身に付けた状態でスプリングスクールに参加した。そして現地では、講師陣によるデジタル校訂に関する講義を受けるとともに、自身の研究で扱うテクストの校訂、さらには可視化などの表現方法を、講師陣の補助を受けつつ各自で模索した。

 5日間を通して行われた種々の講義は非常に有意義なものであった。ここではそのすべてを紹介することはできないが 、報告者にとって特に興味深かったいくつかの講義内容について述べておきたい。まず、リヨン第二大学のJean-Paul Rehr氏による講義では、彼が進めるプロジェクト、de Heresi : Documents of the Early Medieval Inquisition (http://medieval-inquisition.huma-num.fr/editorial/overview)を題材に、Xincludeを用いたXMLファイル間参照の利用や、XSLTやXQuery, eXistといったTEI/XMLの発展的利用の可能性についての紹介があり、非常に有益であった。ペンシルベニア大学のDot Porter氏はEVT (Edition Visualization Technology)を用いたデジタル校訂テクストの可視化、特にテクストと写本画像のリンクについて最先端のお話をしてくださり、可視化や画像リンクの必要性や可能性についての認識を新たにすることができた。この他、Ondrej Tichy氏によるグラフ型ネットワーク分析ソフトGephiのハンズオンなど実践的な内容の講義も行われ、5日間という短い期間にも関わらず、デジタル校訂テクスト活用の多様性と有用性、そして今後のさらなる発展の予感を十分に感じ取ることができた。

 これらの講義に加えて、現地で築くことのできた人脈がなによりの財産になったと報告者は感じている。上述のJean-Paul氏やDot Porter氏からは個人的に、報告者の目指すプロジェクトの在り方や、具体的なプロセス、さらには技術的なアドバイスまでを頂くことができた。また、講義と並行して行われた個別プロジェクトでは、講師陣の有益な助言の下、集中して自身の課題と向き合うことができた。特に永崎氏とは、他の日本人参加者とともに連日深夜までともに作業を行い、あれこれと試行錯誤を繰り返したが、このような機会は日本では滅多に得られるものではなく、大変貴重な時間であった。そしてもちろん、各国から参加した優秀な若手歴史研究者たちと5日間をともに過ごし、DHに関してはもちろん、その他にも様々な話をできたことはかけがえのない収穫であり、彼らとの繋がりは今後ともぜひ維持していきたいと考えている。

 このように充実した5日間は瞬く間に過ぎ、最終日には参加者それぞれが自らのプロジェクトについての2~3分ほどのプレゼンを行った。それぞれの参加者が5日間の講義の内容を踏まえつつ、各自の成果について報告する中、日本からは村田祐菜氏(東京大学院人文社会系研究科)と報告者の2名がプレゼンを行い、村田氏は和歌テクストのマークアップ手法と画像とのリンクについて、報告者はTEI/XMLとneo4jの連携による人的ネットワークの可視化と分析の可能性について紹介した。

 最後に述べておきたいのが、必ずしもDHの学習にとらわれない本スプリングスクールの魅力についてである。今回のスプリングスクールは、DHに関する講義やプロジェクトはもちろん、それ以外のアクティビティも充実していたように思う。特に、ボロメオ家の宮殿があるイゾラ・ベッラ (Isola Bella)では、Lorena Barale氏の協力のもと同家の文書館を見学する機会があり、日本ではなかなか目にすることのできない西洋の古文書に直接触れることができた。同様の機会は、ミランのアンブロジアーナ図書館においても設けられ、コーランや聖書、セネカの悲劇集などの貴重な写本を目にすることができた。DHの知見を蓄えられたことに加え、歴史を学ぶ上で欠かせない「史料との交わり」の経験を(専門とする時代のものではないとはいえ)得られたことは、報告者にとっては望外の喜びであった。