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※以下は、2012年9月15-17日に東京大学にて開催された国際会議 [[JADH2012:http://www.jadh.org/jadh2012/]]に関するA. Charles Muller教授作成の報告書を日本語訳したものです。(原文は[[こちら>http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/CEH/index.php?English%20JADH2012%20report]])

**国際会議JADH2012報告 [#ke0b0142]


2012年9月15日から17日にかけて、東京大学において第二回年次学術大会“Inheriting the Humanities”が開催された。学術大会の目的は、学術研究と教育の現場における主要媒体のアナログからデジタルへの移行に際して生じる多くの問題に対処することが喫緊の課題であることを明確化することにあった。国内各地の大学の研究者の他に、カナダ、オーストラリア、アメリカ、イギリスから多数の研究者が参加した。学術大会のハイライトは、人文情報学の分野で著名な学者による3度の基調講演、及び、プレカンファレンス・レクチャーであった。学術大会前日には、TEIとSVG技術によるXML文書の作成に関するワークショップも開かれた。学術大会の参加登録者は92名に上り、国内において過去最大の英語による人文情報学関連の学術会議となった。

学術大会前日に開かれたワークショップは、2007年よりTEI評議会のメンバーであり、最近議長に選出されたElena Pierazzo博士 (Kings College, London) によって行われた。<oXygen/>を使用してのTEI-XML文書の作成に関する簡単な説明に始まり、より高度なSVGエディタInkscapeによる複雑な写本の取り扱いに関する説明に進んだ。このワークショップは、着実に増加しつつあるTEIユーザのコミュニティにとって貴重な体験となった。

このワークショップに続いて、J. Stephen Downie博士により“HathiTrust Research Center: Pushing the Frontiers of Large Scale Text Analytics”という題目でプレカンファレンス・レクチャーが行われた。HathiTrust Research Centerは学術的分析ツールとしてのデジタル化資料のオンライン・リポジトリを構築しており、近年、最も重要なプロジェクトの一つとして注目されつつある。この講演に対しては、吉見俊哉教授(東京大学大学院情報学環)により貴重なコメントがなされた。

9月17日(日)午前より学術大会が始まり、2つのセッションが並行して二日間続けられた。ハイライトは3つの基調講演である。それらは相互に内容的に重なり合い、過去10年間における人文情報学の分野における変化に関する豊富な経験と深く現実的な洞察に基づく、夢と現実、挫折と新たな可能性、変化と変化への抵抗についての講演であった。

学術大会初日の最後には、最初の基調講演がSusan Schreibman博士 (Trinity College, Dublin) により“‘In Dreams Begin Responsibilities’ The Politics and Hermeneutics of DH”という題目で行われた。人文情報学の発展に寄与してきた学者としての長い経験に基づき、誰が、何が人文情報学の中心であり、どの様に人文情報学はより広い人文学の視点で捉えられるのか、当今の様々な議論を取り上げ、人文情報学と人文学の関係の輪郭がさまざまな仕方で変化していく様態を観察したものであった。議論の中心はアカデミーの力関係の中で人文情報学の位置づけが流動的であるということであり、人文情報学はある者からは救世主としての役割を果たしていると見られる一方で、他の者からは何世紀もかけて構築された人文学という一大建造物の価値観と解釈方法とを破壊する力と見られるという。ただし、Susan Schreibman博士は、伝統的な人文学の側に止まる者たちを単純に批判することは決してせず、人文情報学の専門家の側が柔軟な姿勢を保つことを喚起した。この講演に対してはA Companion to Digital Humanitiesの共同執筆者であるRay Siemens博士 (University of Victoria) がコメントを行った。

学術大会二日目午前、二番目の基調講演がElena Pierazzo博士により“Teaching DH: an absurdity or a necessity?”という題目で行われた。Kings Collegeの人文情報学科の教員としての経験に基づき、カリキュラムを開始する可能性のある他の機関に貴重な教訓を提供した。この講演は、成功しなかったカリキュラムの諸相とそれを避けるための方策とを詳細に述べた点で有益であった。特に重要と思われたのは、人文情報学の学部生向けカリキュラムを維持するための苦難の歴史である。最初の学部生向けカリキュラムは登録者数が少ないために最終的に廃止となったが、最近に至って修正の上で再開された。最も重要な教訓は、人文情報学の方法論とトピックの多くが高等研究のレベルに達していない学部生の共感を得ることができないということである。一方で、学部生はデジタル文化というトピックにより魅力を感じているようである。

 このElena Pierazzo博士が言及した教育、カリキュラムの立ち上げ、アカデミックな組織における有用かつ持続可能なニッチを見出すことに関しては、Bethany Nowviskie氏 (Alderman library, University of Virginia) も基調講演“Too Small To Fail: the Scholars’ Lab at the University of Virginia Library”において取り上げた。人文情報学の組織として比較的長い歴史を有する機関において長い間管理者としての地位にあった経験に基づき、人文情報学のツールとして本当に必要にして、有用なものを実行することに関して教訓を示し、カリキュラムの適正な規模について教示を与えた。これは、東京大学において人文情報学のカリキュラムの立ち上げに努めている我々にとり、とりわけ大きな糧となるものであった。

上記の研究者に加えて、人文情報学の分野において長年指導的な立場にある研究者が海外より多数参加した。開会の辞はJohn Nerbonne氏 (University of Groningen, Chair of the ALLC) が行い、閉会の辞はHarold Short (King's College London) 氏が石田英敬教授(東京大学大学院情報学環)と共にChristian Wittern氏 (Kyoto University) が司会を務める最終セッションにおいて行った。その他、Lisa Lena Opas-Hänninen氏 (Oulu University, Finland)、Espen Ore氏 (Norway National Library, Oslo)、Lynne Siemens氏、Ray Siemens氏 (University of Victoria) が各セッションの司会を務め、専門的なコメントを行った。また、最近設立され、JADH同様、ADHOに加入が最近認められたAustralasian Association of Digital HumanitiesのPaul Arthur会長も参加した。

16日夜には、バンケット・ディナーが湯島の東京ガーデンパレスホテルにおいて催された。また、日本の伝統楽器である琴の演奏が17日昼に東京大学雅楽同好会のメンバーによりなされた。

本学術会議は、日本における人文情報学の発展に寄与する非常に刺激的なイベントであり、これにより、日本の発表者達は対話の機会、お互いに学ぶ機会を多く得ることができた。同時に、海外からの参加者による発表に触れ、また、海外の学者から貴重なコメントを受ける機会を得ることができた。